モウコハン。

   

母との同居から半年後の騒動

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母と同居し始めてから約半年が過ぎたある日。出掛けていた私に母から電話。

母「今○○に来てるから…」
○○は伯父さん宅のある地名だ。これには驚いた。だって、母には1円も渡していなかったのだから。一体どうやってそこまで行ったのか!?

ショックと葛藤

我が家に住んでいる以上、母にお金は必要ないわけで…なんといっても、また何をやらかすかわからない母に現金を持たせてはいけないという思いで私は必死だった。母が散歩などに出掛ける時はお茶とおにぎりを作って持たせ、自転車を買い与え、ある程度いろんな場所へ行けるようにもした。
病院へは私が車で連れて行き、支払いも全部私がやっていた。
必要な物は買ってくるし、「タバコを止めて口が寂しい」と言われれば、飴やお菓子などをコマメに買って渡していた。
母にお金を渡したら、ろくなことをしない。絶対に!

そんな状態で、無一文の母が、決して自転車では行けない距離にある伯父さんの家へどうやって行ったのか…?

あとから判明したカラクリ…それはアルバムだった。実家からもってきたアルバムの中に、昔、皇室関係の記念コインや万博の記念コインを数枚挟んでいたのだ。母はそれを銀行で換金して使ったというわけだ。

しまった!やられた!

母がお金を持ったら最後だ。ガックリして言葉も出ない私に「後で連絡する」とだけ言い、母は電話を切ってしまった。

いったい何をするつもりなのか?

数時間後、また母から電話。何事も無かったかのように「これから帰る」

私は怒りで爆発しそうになりながら「何しに帰ってくるの!?」と電話口で怒鳴った。

母「なにそれ?帰っちゃダメなの!?」
お得意の逆ギレだ。

私はもう頭から湯気が出そうなくらいの怒りで震え、そりゃもう鬼のような顔をしていたと思う。

「伯父さんのところへ行きたい時は、いつでも電車賃を渡す」と言っておいたのに!裏切られたという気持ちだった。

母は何事も無かったかのように帰って来ようとしている。私は「帰ってこなくていい!そんなに伯父さんの所がいいなら、ずっとそこにいろ!」と怒鳴って電話を切った。

2時間後、母は帰ってきた。

私「何しに帰ってきたワケ!?」
母「……」

母はまた、”何をしても許されて当然!怒るほうが悪い”という意識でいるらしい。

あまりにも私が怒っているので、母はそのまま自分の部屋から着替えだけ持ってまた出て行った。それから約2時間後、今度は伯母さんから電話がかかってくる。

伯母「ねぇ、どうなっちゃったの?」
私「それは私が聞きたいです!」

母はそのまま伯父さん宅へ引き返し、私に追い出されたとでも言ったのだろう。

伯母「ポポロンちゃん、自分でお母さんを引き取ったんだから、最後までちゃんと責任持って面倒見なきゃ~」
私「…」
言いたいことは山ほどあるが、伯母さんに内緒で支援してくれた伯父さんのことを思うと、何も言えるわけがなかった。

伯母「私、ポポロンちゃんはもっとイイ子だと思ってたんだけどねぇ」

この一言があまりにショックで…ショックすぎて私はキレてしまった。伯母さんにとっては夫である伯父さんと母との間にあったお金のやり取りの数々…母がしてきた過ちの数々を、伯母さんは何も知らない。もうここで全てぶちまけてやろうか!と思ったけれど…
伯父さんの顔が思い浮かび、グッとこらえる。

伯父さんはこれまで何十年もの間、伯母さんには内緒で自分のヘソクリを母に渡してきたのだ。
私が幼い頃、母に連れられて伯父さんの会社の近くへ行き、お金の入った分厚い封筒を受け取っていたことも…
母の医療費を全額工面してもらったことも…
母の借金を肩代わりしてもらったことも…

伯母さんは 知らない。

伯父さんのためだけじゃない。伯母さんのためにも、それだけは口が裂けても言えない。言えないから、私は悪者になるしかない。ツライ。

母は義姉である伯母さんを騙し続け、”ひた向きで不幸な義妹”を演じてきた。そして都合が悪くなると叔母さんに泣きついて同情を得ようとするのだ。

「伯母さんが知らない事も沢山あって…」としか言えなかった。悔しいやら、悲しいやら、情けないやら…

私は伯父さんも伯母さんも大好きだ。私が生きてこられたはのは、この二人のお陰だと思っている。私が幼い頃から一番望んできた夫婦像・家庭像の基になっているのが、この二人だ。二人は私がこの世で一番尊敬している人たちだ。

そんな二人を母は幾度となく裏切り、迷惑をかけ続けてきた。それが私の罪悪感となって、今もこの心に重くのしかかっている。いつか恩返しをしたい。でも現状、できることがない。情けなくて、申し訳なくて、たまらない。その上、私がこの感情に任せて事実を暴露して更に迷惑をかけるわけにはいかないんだ!


【追記】
この件から数年後、伯母さんは病気でこの世を去った。私は最後まで、母の悪事を秘密にした。葬儀の際、私は冷たくなった伯母さんの頬を触りながら、「ごめんなさい」「ありがとう」…心の中で呟いた。恩返しもできず騙したままで本当に申し訳ないし、悔しい。そして、伯母さんの娘である従姉に今後なにか困難があったときには私が全力で支える!と勝手に誓った。
もしかしたら、伯母さんは薄々気づいていたのかもしれない。伯父さんが母に渡した金額の多さを考えれば、本当にまったく気づかなかったとは思えないのだ。けれど、伯母さんがそのことで伯父さんや母を追及することはなかった。最後の最後まで、私たち親子にとことん優しい人だった。




悔しくて、情けなくて…

翌日、再び母が帰ってきた。

謝ろうともせず、可哀想な自分を責める私が悪いという態度で逆ギレする母。こんな人と同じ遺伝子を持っていると思うと、嫌で嫌でたまらない。

私は母に「もう勝手にしろ!そんなにココが嫌なら出て行け!」と言った。

母はその日のうちに再び出て行き、またしても伯父さんからお金を貰って、実家のあった田舎に家を探しに行ってしまった。

あんなに苦労して私が全部片付けてきたというのに…
さんざん迷惑かけお世話になった人々にも、丁寧に挨拶してきたのに…
母はまたあの田舎に戻って一人で暮らそうとしている。

母がいない間、私は夜も眠れず悩んだ。母と同居しはじめてから今まで、私は母の少ない年金の中から毎月5万円ずつ、伯父さんに送金していた。母にかかる食費・医療費・税金や保険料などを差し引くと赤字だったけれど、我が家の収入でなんとかやりくりして、少しでも伯父さんに返さなきゃ!と思ってきた。 5年かけて300万円を返そうと思っていた。これまで伯父さんが母のために出してくれた金額には遠く及ばないけれど、できる限りの償いをしなきゃ!私だけが思っていて、でも母は「5万じゃなくて3万にして、残りを私に」などと言う始末。呆れてものが言えない。一体どうしたらそんな恩知らずの悪魔みたいな思考ができるのか…。

そうして私がこの数ヶ月間にようやく返せたのが、たったの20万円程度だった。
そして今回、母が「出て行く」と騒いで伯父さん宅へ行ったとき、伯父さんはまた新たに母に20万円を渡して自由にさせたのである。私が約半年かかってようやく伯父さんに返した20万円が、あっという間に再び母の手に…。

どうしてそんなに母を甘やかすのよ!?伯父さん!私の努力はいったい何だったの??

さんざん悩んだ末、”これはもう伯父さんと母の兄妹間の問題であって、二人のお金のやり取りについては私が口出しできる事じゃない。自由にさせるしかない。”と考えることにした。もちろん本意ではないけれど、自分にそう言い聞かせるしかない。たとえ私が代理で借りたお金であっても母のために使ったのだから私には関係ないのだと思うしかない。あとは私が罪悪感や道徳心を捨てて開き直るしかない。

母が伯父さんからまたお金を貰い、まるで水を得た魚のように久々の自由を手に入れて田舎へ戻って家探しをするなどやりたい放題やっている時、悶々とする私に、伯父さんは電話口でこう言った。

「ポポロンがお母さんをイジメてるなんて、誰も思っちゃいないぞ。いくら良かれと思ってイロイロやってあげても、それが相手に伝わらなかったんだから、しょうがないと思うしかないな…。金は俺が出すから、あとは自由にさせてやれ。こっちは金が余ってるんだから、いいんだよ。ポポロンは心配するな。5万ずつ振り込んでくれてたのも、もう終わりにしていいから。俺は元から、返してもらおうなんて思ってないんだから…。

この人はいったいどこまで優しいのか…底なしに優しすぎる…
その言葉を聞きながら、大粒の涙がボロボロこぼれた。ここまで言われてしまったら、私にはもう、返す言葉がない。”借りたものは返すべき”と一人で思って実行してきた自分が、とてつもなく ちっぽけで、バカみたいに思えた。




最後のチャンス

数日後、水を得た魚が帰ってきた。
その間、つい半年前に私があれだけ苦労して引き払った家のある町へ戻り、お得意の「つて」とやらを頼りに方々を回り、家と仕事を探していたようだ。

母は昔から「つてを頼る」という言葉をよく口にしていた。みんなが自分のことを助けてくれると思い込んでいる。いつでも自分だけは助けてもらえるんだと信じて疑わない。相手にとってそれが迷惑になっていることも考えずに…。私には理解できない。

結局、何の収穫もないまま戻って来た母は、また一言も謝らず、何事も無かったかのような顔で我が家で普通に過ごし始めた。家も仕事も見つからなかったからココに住み続けると、自分ひとりで勝手に決めたようだ。

もちろん私はどうにも納得がいかない。母は「もう一度、一人でやり直してみる!」と私たちに宣言しておきながら、本気で家を探す気配がないまま、我が家に居座り続けた。一騒ぎして気が済んだから、やっぱり出て行くのは や~めた!ということか。どこまで私たちを振り回せば気が済むのだろう…

私は再度、これからどうするのかをすぐにハッキリさせようと思ったけれど、もう1度だけ、チャンスをあげよう。もしまた私たちを困らせるようなことをしたら、その時は本当に出て行ってもらおう!という結論を出し、そのまま母を住まわせることにした。

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親が病気になったとき
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