モウコハン。

   

「稽留流産」の宣告

夜、病院の外来診察時間終了後に再び病院へ。

私は内診台に乗り、夫と長男はそのすぐ横で一緒にモニターを見るようにと指示された。やっぱり赤ちゃんの心拍は確認できない。

医師はカーテンの向こう側から私たちに話し掛ける。

「頭と体がハッキリ分かれて赤ちゃんらしい形になってますね。」

「この辺りに心臓があるんです。ここが動いてなきゃいけないんだけど…さっき診察したときに確認できなかったんですよ。今も…やっぱり動いてないですよね?」

頷く私たち。

先生はかなり時間をかけて、赤ちゃんの姿をよく見せてくれた。

「旦那さんにもよく見てもらって、赤ちゃんが動いていないことをちゃんと確認してほしいんです。

よく見ると、4時間前に見たときよりも、その輪郭がぼやけているようだった。

「もう溶け始めちゃってるんですよ」

そう… 胎児の心拍が止まったときから、母体にとっては要らない物になる。今まで守ってきたものを、今度は異物として排除しようとしているのだ。人間の体ってスゴイなぁ…

流産の原因は?

内診のあと、詳しく説明があった。

「前回確認したときは とても元気だったんですけどねぇ…」

確かに、前回は元気そうだった。

医「妊娠してここへ来る人の5人に1人は流産しているんですよ。○○さんだけじゃないですから、自分を責めないでくださいね。」

私「原因は…?」

医「もともと赤ちゃんが弱かったんだろうね。それしか考えられないね。」

私「(不妊)治療をしていたときに、”(妊娠を維持する)ホルモンが足りない”と聞きましたけど、それは関係ありますか?」

医「10週目までくると、それは関係ないと思うんだよね。もっと早い週数ならそういうのはあるけどね…。普通は1日に1ミリ成長する計算なんですよ。今の赤ちゃんの大きさから考えると、昨日か、2,3日前まではちゃんと育っていたはず。」

2,3日前といえば…急にツワリが軽くなって、不思議なくらいモリモリ食べられるようになったときだ。

私「2,3日前から急にツワリが軽くなって…」

医「あ~!じゃぁ、それだね」

やっぱりそうだったんだ…



手術の説明と同意書

「いつまでも子宮に残しておくと体に良くないから、できるだけ早めに出してキレイにしてあげないといけないんですよ」


看護師が手術の同意書を出した。長男出産の前に書いた、帝王切開手術の同意書と同じもの。そこに先生が手術内容の部分を書いてくれた。

「妊娠3ヶ月、稽留流産の診断により子宮内容物除去手術を施行します」

翌日の午後に手術をすることになった。

私はこのとき初めて、「稽留流産」というものを知った。



最初で最後の親孝行

診察室を出て別室で心電図をとる。ベテラン看護師が心電図の用意をしながら、私にこう語りかけてくれた。

「残念でしたけどね… これが赤ちゃんの寿命だから、決して自分を責めないでくださいね。

「この病院でもね、障害をもって生まれてきた子がいたんですよ。心臓の部屋が4つあるでしょう?それが2つしかなくて生まれてきた赤ちゃんがいて、生まれたあと何度も手術したりで可哀相でしたよ。そんなふうになるよりは、早いうちにこうなって良かったと思うしかないですね…」

私「そうですね…」

涙をこらえながら答えた。

そして、気になることを聞いてみた。「次の妊娠は…何ヶ月か空けなきゃいけないんですか?」

「そんなことないですよ。昔は半年空けなきゃいけないと考えられていたんだけど、今はそんなに空ける必要ないです。手術すると肌をガリガリ掻いたように子宮の壁が傷だらけになるんだけど、生理が1回来れば、それが元に戻るんですよ。 明日の手術の日を生理の初日だと思って、その次に1回生理が来ればそれで子宮がキレイになるから、そしたらいつでも妊娠していいですよ。」

…といっても、さんざん不妊治療をしても妊娠できなかった私がまたすぐに妊娠できるとは考えにくい。ただ、楽観的に考えれば、教習所通いで気分的にリフレッシュして楽しく過ごしたら妊娠できたんだから、今度もまた一日も早く元気になることが妊娠への近道なのかなぁ?

そう思うしかない。

この日は心身ともにとても疲れていたのに、

明日にはもう、赤ちゃんはこのお腹から居なくなってしまうんだ…

そう思うと、眠れなかった。

稽留流産(子宮内胎児死亡)の記録
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